スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

☆トレーダーオフおつかれさまでしたー☆

トレーダーオフお疲れ様でしたっ。

合計なんと235人!


2次会も朝まで100人!wwww



余りにも人が多すぎて全然しゃべれていない人ばかりなので、



こんな僕でも宜しければ個人的にも誘って下さいね!



また是非一緒に飲みませぅぅぅぅ!!
スポンサーサイト

☆2012 02 18☆

☆トレーダーオフ2012☆

trader_off2012


2012トレーダー祭り☆in東京!!!

日時:2月18日(土)受付19:00~ スタート19:30~

※締め切りました。

メール届いてない方は御連絡下さい!





いよいよ明日ですね!



参加者なんと 225名以上!!!



当日は大人のマナーを守って、飲みすぎず食べ過ぎず



しっかりお友達を沢山作ってもりあがりましょぉぉぉぉぉ!!!



よろしくおねがいしますっっっ!


☆光と闇~その⑤最終話~

☆てらのかぶものがたり最終話☆




その①はコチラ
その②はコチラ
その③はコチラ
その④はコチラ




『リーマンショック』なんて上手く言ったものの、





文字だけみれば、



 


サラリーマンが大打撃をうけるショックを受けたような感じだが、







僕からすれば、








『トレーダー・キル・アンド・リーマンに転職・ショック』だ。







生きていくには働かなければいけなかった。







残りの家財道具を全て処分し引っ越しして、働き口を探した。







二回目の退場からの動きは急展開だった。






当時たまたま今のビジネスパートナーが僕のブログを見てて、






丁度独立を考えていたみたいで『働いてみない?』とお誘いがあった。






バイトで軍資金作るつもりが、そのまま働くことになった。






元パソコンオタクのパートナーは元オタなだけあって本当に優秀で、






あっという間に周りのライバル会社を駆逐し、






確固たるビジネスモデルを構築した。







追い風も多分にあったんだけど、






二人で始めた会社が運良く三年で売り上げも数億規模、従業員も100人以上になった。






本当にパートナーには恵まれたと思う。






この先どんな試練が降り注ぐか分からないが、なんとか強い精神力をもって切り抜けたい。






きっと、強い精神力と一緒に笑ってくれる仲間がいれば、






どんな苦難も楽しく乗り越えられる。






一緒にがんばろう。






(終わり)      ※実話ですw





________________________________________

トレードはつい最近久しぶりにFXをやったら10万が12時間で260万になって『うっはー。あと12時間トレードしたら6500万になるやん』とか言い出したところがお約束の天井で30秒で260万→0に笑


てな感じがここ数年の自己紹介になります。笑



デリバティブ全盛期の収支は→こんな感じ





無理矢理まとめると、沢山の出会いに本当に感謝してて、これからも色んな人との繋がりを大事にしてみんなと楽しみたい一心で今回飲み会の幹事をさせて頂きます笑
そんなお調子者な僕ですが、宜しくお願いします。


明日は盛り上がりましょぉぉぉぉぉ☆






☆光と闇~その④~☆

☆きっかけ☆


その①はコチラ
その②はコチラ
その③はコチラ






だがしかし、






自分は無敵だと勘違いしはじめて、調子に乗りだしたところがお決まりの天井だった。







何かの漫画に書いてたが、まさに『魔物は有頂天に棲む。』だ。







当時の僕に今まで見たこともない強烈なリーマンショックが襲った。







相場に対し、自分が正しいと完全な勘違いをしていたバカな僕は、







その強烈な下げに当然ながら、なす術もなく全財産は2万円に。








悪夢の再来。







再びの絶望だった。






しかし、しつこいことで有名な僕は







当時最新型で電源を二回しか入れていない高級洗濯機と






当時高額だった液晶テレビを売却して作った20万円で







高ボラティリティ状態のオプションで再び全力で勝負し、






5営業日で760万円まで復活した。






『簡単に復活かも?』と思ったところがやはり再びのお約束の天井で一晩で資産は99.8パーセント減に。







最後に出金した額を鮮明に覚えている。ボラティリティの高騰が激しすぎて、






期近の一番アウトのコールさえ一枚も買えなくなって、マウスを置いた。







試合は終了した。







松井証券から出金したのは1万4千円だった。







現実に銀行口座に記載された寂しい数字を見て、実感が湧いた。






なんてバカなことをしたんだと。






それから本格的に途方にくれた。






空は秋晴れだったが、肌寒く、薄着だった僕の心まで冷やした。







公園に咲いてる花は綺麗だった。






続く

tag : 3-2

☆光と闇~その③~☆

☆テラの株ものがたり③☆


             →その①はコチラ

             →その②はコチラ
              





ライブドアショックとは上手く言ったものの、








僕のショックは『ショック』という可愛げな文字で言い表せない程深刻なものだった。








そのうち『ライブドアベリーデンジャラスシリアスデスショック』とかに改名して欲しい。








本当に、本当に途方にくれた苦い、苦い過去だ。








当時家にあった生活家電とか家具を売ったり、








ちょっとの間居候させてもらったりしながら








何とか貯めた20万とクレジットカードとかで全力で借りた資金を元手に







株は信用取引最大、デリバティブもレバレッジは常に最大で、







常に死線と隣り合わせの取引を繰り返し、一年半で資産は6000万弱になった。








『奇跡なんて起こらない』なんて言ったものの、








奇跡はあるもんだなっと思った。








ここまで来たら全力で突っ走るしかない。








だがしかし、奇跡なんて簡単に続くものではなかった。当然ながら。









『女心と空きの空』なんて昔の誰かが上手く言ったものの、







この直後に、天気の変わりやすい秋に訪れた、






紅葉のような真っ赤な口座を見ることになるなんて知る由もなく、






涼しく晴れた季節に期待を膨らませていた4年前の秋だった。




続く

☆光と闇 ~その②~☆

☆その②☆


        →その①


胸に期待を膨らませ、2004年頃から日本株のデイトレードをスタートした。




デイトレで初めて買った株は『トキメック』。





なぜかというと当時デイトレをしてドキドキしていた状態で






マーケットスピードの上昇率ランキングを眺めていたら、





偶然目に入ったらときめいてしまったから。





デイトレードを始めるにあたり、しっかりと移動平均線とか






ボリンジャーバンドとかRSIとか板読みとか色々勉強しての初陣だったのだが、






買った動機が不純すぎて、その初めてのデイトレで勝ったか負けたかは覚えてない。






それから資産は増えたり減ったりして資産は2000万近くになったが、





元々信用全力・先物全力系の僕にとって、




ストップ高になれば翌日もストップ高っていうイケイケ状態から




突如襲ってきたライブドアショックになす術もなく




資産は2000万から瞬く間に20万に。




翌月には生活費で文無しになった。




絶望だった。




相場は夢と希望に満ち溢れた世界に胸をふくらませ飛び込んだ僕の全てを呑み込んだ。





歩いていると雨が降ってきた。




近くをよぎった入道雲からだったのかわからないが、




構わずそのままズブ濡れで歩いて帰った。




帰っても冷えた身体の震えが止まらず、




寝る時も恐怖に怯えた様に震えていた記憶がある。




途方にくれた6年前の初夏だった。


☆始めたきっかけ☆

☆光と闇 ~その①~☆






ふと、僕が株とか先物とかを始めたきっかけを書いてみよう。








僕の家は代々、昔からの相場師一家で





祖父が高度成長期の大相場で稼いだ資金の一部を僕が10歳の時に運用を任されて・・・




という漫画みたいなお話だったら良かったのだが、




ごく一般家庭、いやむしろ、かなり貧乏な家だった。






学生時代、とある事情で学費が払えなかったのだが、






どうしても払えそうになかったので、





ありきたりだが、バイト代を握りしめてパチンコ屋に走ってみた。





当時、パチンコとかスロットが一世を風靡していて、





恐る恐る初めて打ったパチスロで20万円も勝った。




今でも鮮明に覚えている。





学校の近くの駅前のパチンコ屋に夕方フラッと入り込んで、





適当に打ったら瞬く間にコインが山積みになったことを。






今考えるとあれが確実に人生を変えた。







その資金で当時超貧乏の生活に一気に余裕ができて、





その後もちょくちょく勝ったりして、奇跡的に学費も払うことができた。







生活もようやく落ち着き始めた頃、ふと本屋に寄ってみると、





バフェットが『中国に投資している』と書いてて




なんとなく証券口座を開いてみた。



それから色々、インターネットとか雑誌で調べたり、




元とか香港ドルとか全然分からなかったので少し勉強して、




初めて買った株は『ペトロチャイナ』。中国石油とも書いた気がする。





なぜそれにしたかと言うと、バフェットがそれを買っていると初めて買った投資本に書いていたから。





数週間して株価が上がったら少しだけ売って、下がってきたらまた少し買ってと繰り返し、






株価とともに順調に僕の投資資金も綺麗な上向きの波長を描き、一年で元本は三倍になった。






その後、全部の株を利益確定したら、そこから本格的な中国バブルの始まりだった‥







急激に高騰し始めた株価はパソコンの画面を通り越して僕の胸に突き刺さり、







勿体無いという気持ちで一杯になった。






残念な気持ちで公園を散歩をしていたら桜が満開でキラキラと木漏れ日が刺していた。






希望に満ちた八年前の春だった。








               ~その②~に続く
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。